あー、イライラする。
世界大会から帰ってきてからというもの、元日本チームのヒロトと緑川はいつも一緒だった。優勝チームとなったイナズマジャパンは、世界大会を通じて絆を深め、今ではまるで親友のような仲間だという。
お日さま園の皆もヒロトと緑川を囲み、二人を中心に輪ができている。その光景を、晴矢は遠くから見つめながら、一人苛立ちを募らせていた。
確かに、自分がイナズマジャパンに負けたからというのもある。だが、それ以上に、ヒロトの変わってしまった笑顔が気に入らなかった。
世界大会出発前のヒロトの表情は暗く冷たく、まるで仮面を貼り付けたかのような寂しげな笑顔だった。晴矢に受け入れてもらえなかったことがショックだったのだろう。まるで幼い頃のように、寂しさを全身に漂わせていたヒロト。
しかし今は、まるで別人のように、明るくて屈託のない少年の笑顔を浮かべている。その楽しげな姿に、晴矢は戸惑いと違和感を覚えた。
円堂が、緑川が、イナズマジャパンが――ヒロトを変えたのだ。そのことを思い知らされるたび、晴矢の胸にはどうしようもない苛立ちが渦巻いていた。
「あ、晴矢!」
ヒロトが晴矢を呼びかける。もう目を合わせることに抵抗がなくなったらしく、明るい笑顔を浮かべたまま近づいてくる。その様子に、晴矢の胸の奥がざわざわと落ち着かない。
「帰ってくるまで、ずっと晴矢と話したいって思ってたんだ。ちゃんとお礼が言いたくてさ。」
お礼と言われても、思い当たる節がない。晴矢は顔を少し顰めたが、ヒロトは気にせずに続ける。
「君と戦えて嬉しかったよ。おかげでモヤモヤしてた気持ちも晴れたんだ。」
晴矢は内心で反発したくなった。今、俺は絶賛モヤモヤしていて気分が最悪なんだが。だが、余計な言葉は抑え込む。
「ありがとう。」
それだけ言って、ヒロトは満足そうに緑川の元へ戻っていく。晴矢はその後ろ姿を見送りながら、また苛立ちがこみ上げてくるのを感じた。
自室に戻り、晴矢はベッドに体を投げ出した。枕元に置いたヘッドホンを乱暴にかぶり、曲をかける。今の気持ちを忘れられるよう、なるべく明るくて幸せな歌を選んでみた。
君を幸せにするとか、君を笑顔にしたいだとか…以前は、この曲を聴きながら王子様気分に浸ったりもした。ヒロトを想いながら、いつか自分がその役割を果たせる日が来ると、どこかで思い込んでいた。
だが、今の現実は違った。
「笑顔にしたのは…俺じゃなかったよ。」
自分で振っておいて、今さら執着して、ヒロトを幸せにするのは自分じゃなきゃ嫌だなんて…心の奥がドロドロとした独占欲で満たされていくのを感じる。曲を聴けば聴くほど、その感情が胸に絡みつき、吐き気がこみ上げてきた。
こんな風に感情に逆らうのは、むしろ体に悪いのかもしれない。晴矢は思い切って、今の気持ちに寄り添うような暗く病んだ歌に切り替えた。次第に吐き気も治まり、落ち着いてくるのがわかる。
歌の歌詞は酷く、閉じ込めるだの、薬を飲ませるだの、暴力を振るうだの、愛や恋に狂っていく内容が続く。その狂気に満ちた言葉が、今の自分に妙にしっくりきた。
そういえば、閉じ込められたり薬を飲まされたり…それは、ヒロトがかつて俺にしたことでもあるんだっけ。
「なら、仕返しをしたって…許されるよな。」
口元にゆっくりと笑みが浮かぶと同時に、視界がどす黒く染まっていくような感覚があったが、その暗さが、今の自分には心地よく思えた。
ヒロトの食事に薬を盛り込むのは、造作もないことだった。晴矢の方が早起きで、食卓にも一番に着くので、手伝いをするふりをしながら、ヒロトの席にだけ薬を溶かしておくだけで済む。以前にもやったことがあるので、手際はすでに慣れたものだ。
今回も遅効性の睡眠薬を食事に混ぜ、効果が出始める頃に二人きりになれるよう、晴矢は嘘の相談を持ちかけることにした。「誰にも聞かれたくないから」と理由をつけて、唯一の一人部屋であるヒロトの部屋で話したいと伝えると、ヒロトは優しい笑顔で「もちろん構わないよ」と了承してくれた。
部屋に戻り、やがて、効果が現れ始めたのか、ヒロトの目が少しずつ重たくなっていくのがわかる。晴矢はそれを見逃さず、話を切り出した。
「俺…ちょっと、ヒロトに聞きたいことがあってさ」
「うん、何でも聞くよ。晴矢がそういうの、珍しいね。」
ヒロトは微笑みながら、少しぼんやりした視線を晴矢に向ける。その様子に晴矢は心の中で密かにほくそ笑んだが、顔には出さずに話を続ける。
少しずつ眠気に引き込まれていくヒロトは、ゆっくりとまぶたを閉じそうになりながら、ふわりとした笑顔を浮かべて、晴矢自身も興味のない嘘の相談に答えていく。
そして言葉が終わると、ヒロトは静かに目を閉じ、深い眠りに落ちた。晴矢はその様子をじっと見つめ、ひそかに口元に笑みを浮かべた。誰にも邪魔されない、ヒロトと二人きりの時間を手に入れた。