【晴ヒロ】いっしょのじごく③

しばらくして俺は病院で目を覚ました。どうやら晴矢の手によって、全身に切り傷を刻まれた痛みや出血で意識を失っていたらしい。まるで悪夢から醒めたような感覚だったが、目を開けた瞬間に視界に入る白い天井が現実だと知り、安堵と共に苦笑が漏れる。

瞳子姉さんが、俺のそばで状況を教えてくれた。晴矢はやりすぎて正気に戻り、救急車を呼んでくれたらしい。自分で連絡したあと、瞳子姉さんにも連絡を入れて、俺が病院に運ばれるまで一緒についてきてくれたのだという。

死んでもいいと思っていた。だがこうして生き延びたなら、それはそれでありがたいものだ。

正気に戻った晴矢は、罪悪感に苛まれているだろう。けれど、この傷は晴矢が俺に向けた愛情の証だ。俺が男であると認めた上で、それでも晴矢は俺に狂ってくれたのだ。それが何より嬉しかった。

俺の顔に残った傷は、晴矢がバーンとしての過去に負った線とお揃いだ。触れるたび、あの夜の熱と痛みが蘇るが、それさえも俺にとっては晴矢との「証」として愛おしかった。

「瞳子姉さん、少し、晴矢と二人にさせてくれないかな。」

俺がそう頼むと、瞳子姉さんは少し眉をひそめて、疑いの目で晴矢をじっと睨んだ。傷つけられたばかりの俺を、再び晴矢と二人きりにさせるのは危険だと考えているのだろう。罪悪感で押し潰されそうになりながら、瞳子姉さんの視線にビビっている晴矢がなんとも可愛く、思わず微笑みがこぼれる。

晴矢のその様子を見て、瞳子姉さんも少しだけ溜め息をつき、仕方ないとでもいうように席を離れてくれた。

「これで話ができるね。」

静かになった病室で、俺は晴矢をじっと見つめる。

晴矢は視線を落とし、肩を小さく震わせながら、かすれた声で謝罪の言葉を紡いだ。

「……ごめん、ヒロト。俺、ほんとにどうかしてた……。お前の顔にまで、傷、残しちまった……」

その言葉には、自分の行いへの深い後悔が滲んでいる。罪悪感に押しつぶされそうな顔で、彼は一瞬もこちらを見ようとせず、かすかな震えが彼の肩を伝っていた。

俺はその姿をじっと見つめるうちに、ふと胸の奥が熱くなるのを感じた。ここまでしてくれる晴矢の執着も、彼が狂おしいまでに抱えた感情も、本物だったのだと改めて実感する。頬に伝わる、傷の鋭い痛みさえも、晴矢が俺を想う証に思えて、どこか心地よくさえ感じられた。

「晴矢、俺は平気だよ。こう言うと、また晴矢は変態だって俺を罵るんだろうけどさ。」

俺が「切られて嬉しかったんだ」と照れながら口にした瞬間、晴矢はその場で固まった。

驚きと困惑が浮かぶ表情が、晴矢の顔全体に広がっていく。目を大きく見開き、口も少し開いたままで、言葉が出てこないらしく、ただじっと俺を見つめている。どこかで反省の気持ちがよぎった。さすがに身を切られるほどの執着的な愛情に喜ぶのは、おかしいのかもしれない。でも、それでも嬉しかったんだと伝えたくて、俺は照れながら続けた。

「お揃い、なんでしょ?」

俺の言葉がようやく理解できたのか、晴矢はぽかんとした表情を浮かべたまま一瞬固まって、それから急に顔が真っ赤に染まった。勢いよく顔をそらし、彼の視線が一気に俺から離れる。

その反応につられて、俺も恥ずかしくなり、ばっと顔をそむける。どちらからともなく、顔を向けることができず、まるで見えない壁ができたように互いにそっぽを向いてしまう。気まずい沈黙だけが部屋に漂って、呼吸すらも浅くなるのを感じた。

「……や、やっぱり、変態かよ……」

晴矢のその言葉に、反論できないのが悔しい。でも、ここまできたらもうやけだ。思い切って、自分でも恥ずかしくなるような、あり得ない言葉を口にしてみる。

「……晴矢も、お揃い、してくれるんだよね?」

晴矢は一瞬、息を詰まらせたようにうっとした顔をしたが、頬を真っ赤に染めながら、ぎこちなく視線をそらした。

「こ、ここにナイフねぇぞ……」

彼がようやく出したぶっきらぼうな返事に、俺も少し心が揺れて、思わず照れがこみ上げてきた。でも平然を装おうとして、なんとか笑みを浮かべながら続ける。

「そこはいいよ。メイクで。」

自分でも言っていて顔が熱くなっていくのを感じ、平静を保とうとしても、内心は正直今すぐ布団にくるまって隠れたい気分だ。

ちらりと横目で晴矢の様子を伺うと、彼も同じように顔を真っ赤に染めたまま、照れ隠しに苦笑いしているのが見えた。どうやら自分の反応に戸惑っているらしく、少し口を噤んで、視線をあちこちにさまよわせている。

「……ま、まあ、ヒロトが言うから仕方なく……お揃いにしてやるよ」

その曖昧な言葉に、俺もついムキになって口を尖らせる。

「先に言ったのは晴矢だよ?」

互いにそっぽを向きながらも、なんとなく口元がゆるんでしまい、照れ隠しのようにふっと笑みがこぼれた。

翌日から、晴矢は毎朝鏡の前で、少し恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうにペンを走らせるようになった。俺と同じ場所に丁寧に線を引く姿を見かけるたび、ただのメイクにすぎないけれど、「お揃い」でいることを大切にしてくれているのが伝わってくる気がした。

「好き」とお互いに言葉で伝えたことはない。そういう表現をするのは照れくさいし、俺たちは行動で示すほうがずっと自然だった。だからこそ、このお揃いが、言葉以上に二人を繋げてくれているような気がする。

晴矢は俺の隣にいる時だけ、その描いた線を指でなぞってみせることがあって、俺もそれに気づくと、同じように自分の頬に触れて、軽く笑って返す。

そんな些細なやり取りが、二人の日常の一部になっていった。